まとめ
- 『茶のしずく石けん事件』では肌から小麦成分が吸収され、2,000人以上が小麦アレルギーを発症した。
- ピーナッツ配合スキンケア製品でピーナッツアレルギーになったり、大豆成分入り化粧水で大豆アレルギーになったりすることも。
- 食物アレルギーは命にかかわるので、食物成分配合の化粧品やスキンケア製品には要注意。
インスタグラムなどで「体にやさしい食物成分配合の石けん」「自然の食べ物パワーの化粧品でお肌をケア」といった広告を見たことはないでしょうか?こうした宣伝を見かけると、皮膚科医としては『茶のしずく石けん事件』を思い出してモヤッとしてしまいます。
『茶のしずく石けん事件』では多くの消費者が小麦アレルギーに苦しみましたが、2010年頃の話なので徐々にご存知ない方も増えてきているようです。今回の記事では『茶のしずく石けん事件』の話を踏まえつつ、食物成分 (特に食物由来のタンパク質) を肌に塗ることのリスクについて、皮膚科専門医が解説します!
『茶のしずく石けん事件』とは?
『茶のしずく石けん』は2004年から2010年までの間に、 4,650万個 が467万人に販売されています。大まかに言えば、日本の成人女性の12人に1人が使用したほどのベストセラーでした。その大ヒット商品で、2,111人もの被害者が生まれ社会問題となったのが『茶のしずく石けん事件』です。
まず、『茶のしずく石けん事件』の流れを確認してみます。2009年頃から、不思議な小麦アレルギーの患者さんが急激に増えてきました (参考文献 1-3) 。
特徴としては、
- もともとはどの患者さんも小麦アレルギーではなかった。
- 20-60歳代の女性で、似た症状の患者さんが多い。
- 「小麦を食べるとまぶたが腫れる/ 顔が痒くなる」など、通常の小麦アレルギー患者さんよりも目立って出やすい。
- 患者さんの共通点として『茶のしずく石けん』を使い始めてから症状が出てきていた。
ことが挙げられました (参考文献 1-3) 。
『茶のしずく石けん』の成分表を見てみると、保湿機能などを与える目的で「グルパール 19S (加水分解コムギ末) 」という小麦に由来するタンパク質が配合されていました。医師たちは「小麦の成分が入った石けんを使った人たちが次々に奇妙な小麦アレルギーを発症しているとなると、この『茶のしずく石けん』こそが謎の小麦アレルギーの原因なのではないか」と疑いました。
実際に詳しく検査したところ、『茶のしずく石けん』使用後に小麦アレルギーになった方は、普通の小麦アレルギーの方とは異なり、グルパール 19S に対するアレルギーを持っていることが分かりました (参考文献 1-3) 。
皮膚や粘膜を通して『茶のしずく石けん』中のグルパール 19S が体内へと吸収された
⇒小麦由来のグルパール 19S に対する抗体というものができてしまった
⇒小麦を食べるとアレルギー症状が出るようになってしまった
というメカニズムだと考えられます。
厚生労働省の対応
厚生労働省は2010年10月、「加水分解コムギ末を含有する医薬部外品・化粧品の使用上の注意事項について」という注意喚起を発表しました (参考文献 4) 。「グルパール 19S」など加水分解コムギ末という成分を含む医薬部外品や化粧品について「小麦由来成分が含まれること」の表示を義務付けました。
そして、2011年5月、メーカーが『茶のしずく石けん』を自主回収することを決定しました (参考文献 1-3) 。
※今現在発売されている『茶のしずく石けん』は、当時の製品とは異なり小麦由来の成分を含んでいません。
『茶のしずく石けん事件』の被害
こうして新たな被害者の発生は止まったのですが、その後の調査で2,111人もの消費者が小麦アレルギーになってしまったことが確認されました。先程述べたように患者さんは20-60歳代の女性が中心ですが、1歳の男の子や、93歳の女性も被害者に入っていました (参考文献 1-3) 。
症状としてはアナフィラキシーショックや呼吸困難など、命に関わる重い例も多発しています。まさか小麦成分入りの石けんを使っていただけで命を落とす危険性があるアレルギーになるとは、きっと皆さんは想像もしていなかったでしょう。
『茶のしずく石けん事件』に似た被害も
このように多くの被害が出た『茶のしずく石けん事件』ですが、食べ物を肌に塗る行為が食物アレルギーを招くケースは他にも存在します。例えば、イギリスの研究で「ピーナッツアレルギーを発症したお子さんは、そうでない子たちと比べて、ピーナッツオイル入りのスキンケア製品を使用していることが多い」と報告されています (参考文献 5) 。
他にも、
- カルミン (赤色の色素成分) を配合した口紅やアイシャドウなどの化粧品を使用していた方が、類似の加工品であるコチニール色素の配合されたフランス製マカロンや、イチゴ系飲料を摂取してアナフィラキシーショックなどのアレルギーを起こした。
- 大豆を含む化粧水、魚コラーゲンを含む保湿剤、オート麦やトウモロコシ配合の石けんなどの使用者が、それぞれ食物アレルギーを発症した。
などの事例が日本から報告されています (参考文献 3,6) 。
化粧品に含まれる食物成分から、アレルギーを発症するリスクがある
これらの例からも分かるように、化粧品に含まれる食物成分を皮膚から繰り返し吸収すると、その食品に対するアレルギーを発症するリスクがあります (参考文献 6) 。化粧水や石けん、シャンプーなどはほぼ毎日使用するので、少量の成分しか含まなくても徐々にアレルギーの原因へとなりうるのです。特にアトピー性皮膚炎など皮膚のバリア機能が低下している方では、より食物アレルギーの発症に注意が必要だと考えられています。
まだ研究中の分野ではありますが「食物成分配合の化粧品やスキンケア製品を使う行為には食物アレルギーを発症するリスクがあるのだ」ということは、よく覚えておきましょう。食物アレルギーを発症すると生活に不便ですし、命を落とす可能性もあります。皮膚科医としては、皆さまにはなるべくリスクの低いスキンケア製品を選んでいただきたいです。
COI
本記事において開示すべき COI はありません。